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有川ひろといえば「自衛隊シリーズ」のイメージ。有川ひろの描く自衛隊員が本当にかっこよくてほとんど恋に落ちていた。友達に二次元じゃん!とバカにされたのも懐かしい話。
今日は有川ひろの自衛隊じゃない話を紹介します。
あらすじ
元野良猫のナナは飼い主のサトルと旅に出ます。それはのっぴきならない事情でナナを飼えなくなったサトルが次のナナの飼い主を見つけるための旅でした。その旅でナナはサトルがナナを預けてもいいと思える、信頼している友達たちに会います。その中でナナはナナと出会う前のサトルのことをたくさん知るのでした。ナナは誰を次の飼い主に選ぶのか?サトルののっぴきならない事情とは?そしてこの旅の本当の目的とは?猫のナナ目線で描かれるナナとサトルの愛溢れる物語です。
2018年、福士蒼汰さん主演で映画化もしています。
感想、ネタバレあります
まだ名前のない野良猫とサトルは野良猫とたまに餌をくれる人という、お互いを気にしながらも依存はしない関係を築いていました。私個人としては餌とかあげるならちゃんと責任持って飼いなよって思うタイプなのですが、猫には猫で事情があるらしい。
そんなある日車に撥ねられて大怪我を負った名前のない野良猫はなぜかサトルのことを思い出し、サトルに助けを求めます。もう大好きじゃんね。
そんなこんなでサトルの猫になり「ナナ」と名付けられた元名前のない野良猫とサトルは5年間平和に幸せに暮らしますが、ここでサトルはナナを手放さなければならなくなり、次の飼い主を見つける旅に出ます。別にミステリー小説じゃないのでこの段階でうっすら原因はわかります。
まず会いに行ったのは小学生の時の友達のコースケ。これまでのナナとのやりとりだとサトルって大人な印象だったんだけど、結構やんちゃな子だったことが判明。ちょっと天然だけど、天真爛漫でかわいいです。しかし小学校の修学旅行中にサトルの両親が交通事故で亡くなります。ヘビーです。でも全然あり得ない話ではないよね、世の中の全員がこういう小説を読んで交通事故を起こすとどういうことが起きてしまうのか、想像できるようになれば交通事故って少しか減るんじゃないかなって本当に思う。そしてサトルはこの出来事から大人にならざるを得なかったのかなと思うと胸が苦しい。まあそのほとんどはおばさんのせいだと私は思うけど、それはまた後で。そしてサトルはおばさんと暮らすことになり、引越しをすることになりコースケともお別れ、ここで当時両親と飼っていた「ハチ」という名前の猫も手放すことになります。かわいそうが過ぎる。
次に会いに行ったのが中学生の時の友達のヨシミネ。急に猫のケージに腕を突っ込んで首根っこ掴んで引っ張り出す強者です。乱暴だけど悪い人じゃないんだろうなって最初から思えるのはなんでなんだろう?サトルの友達だからかな。そして2人の中学の担任がクズすぎる。悪気がないからより悪い。こういう押し付けがましい大人にはならないように気をつけようと私も思う。ヨシミネ君家の事情もなかなかヘビー。じゃあなんで子ども作った?ってヨシミネ君が一番思ってるよね、でもサトルもヨシミネも誰もグレずにいい子に育っているのはなんでなの。とりあえずいいおばあちゃんがいて良かったね。そんな2人は修学旅行先の博多で問題を起こします。理由はサトルが小倉にいる「ハチ」に会いに行きたかったから。結局先生に見つかり行けません。まあそれは学校側も責任があるからしょうがないよね、でも修学旅行で抜け出さないと「ハチ」に会いに行けない状況を作ってる保護者が完全に悪いよね。サトルがいい子だから甘えてるよね、人の子ども引き取るって決めたんだったらそういう覚悟は必要だったでしょって思う。
そして最後に会いに行ったのが高校の同級生夫婦のスギとチカコ。迷子の老犬を助けたことで仲良くなります。サトルとチカコはちょっといい感じでしたが、チカコと幼馴染のスギはずっとチカコのことが好きでサトルに取られるのが嫌で、サトルを牽制します。気持ちはわかるがダサいぞスギ、そういう時はサトルを牽制するんじゃなくてチカコに好きって言うんだよ?とにかく高校生になったサトルはチカコの家の果樹園でバイトをして、「ハチ」に会いに行くことに決めます。良かったねやっと会えるね、と思ったのも束の間「ハチ」はサトルが会いに行く前に死んでしまいました。残酷が過ぎる。有川さんは鬼なのか?でも結局、ちゃんとお別れしておいでというチカコの言葉に背中を押されてサトルは小倉に行きます。いい子だねチカコちゃん。確かにここで行かないとずっと後悔が後悔として残ったままになるよね。
そしてここで何と言っても1番かわいいのは「トラマル」だよね。若い甲斐犬らしいですが犬ってやっぱり忠実でちょっとアホなんだなっていう。そして人間たちは全く気がついていませんが、動物たちは声を揃えてサトルのことを「長くない匂いがする」と言います。人間は他の動物よりも頭脳や技術が発達しているけれど、その分直感とかは動物よりも鈍いのかもしれないなと思いました。
結局ナナは誰のところにも行かずに、サトルと一緒におばさんのところに来ることになります。ナナはどこでも暮らしていけたと思いますが、元からサトルと離れる気はなかったのでそうなりますよね。そして私が散々ブーブー言っていたのがこのサトルの保護者である「おばさん」です。きっと自分の姉夫婦が死んでサトルを引き取った時はおばさんも若くて、自分の人生とかキャリアとかいろいろまだ諦められない所があったんだろうとは思う。そして元々不器用な人なんだとも思う。でも両親を亡くしたばかりの子に養子だったと伝えたり、両親と飼っていた猫と引き離したり、会いに行きたいという希望を忙しいからと言う理由ではねつけたり、お金に困っていたのならまだわかるけどきっと職業柄お金に困っていたとは思えないからだったらもう少ししてあげられることが、しなきゃいけないことがあったと思う。まあおばさん本人が1番そう思っていそうなのでこのくらいで許してあげるけど、それもサトルがもう長くないってなったから後悔するなんて遅過ぎる。サトルがいい子のまま育ったのはサトルの人間性と育ての両親の育て方だと思う。かといって施設に入れるのが良かったのかと言われると、んーってなるけど。サトル自身が幸せだったって死ぬ時に思えたんだから、きっとこれで良かったんだと思いたい。
おばさんの悪口ばっかり言ってるけど、人間ってそうだよね。みんな誰でもいつかは死ぬってわかっているのに、それが明日だとは思わない。もちろん今日死ぬかも明日死ぬかもって思っていたら生きていけないから、ある程度鈍くなるのはしょうがないし、仕事だってしないと生きていけないからずっと大切な人の側にいることも難しいし。どんなに一生懸命生きていても、死ぬ時に後悔0っていうのはなかなか難しい。だけどどこでそれに気がつくのかって結構大事だと私は思ってて、一生気がつかない人もいると思うしそれはそれで幸せなのかもしれないけど、私は割と若い時に大切な人を亡くしているので誰でもいつか死ぬって実感として知っていて、それがわかると生き方がちょっと変わってきたりとか、人との関わり方が変わってきたりとか、何を大切にしたいかが変わったりとか。それが絶対いいっていうわけじゃないんだけど、人生が少し深くなるような気がします。だからきっとサトルの周りの人たちもこれからちょっとだけ変わっていくんだろうな、と思ったり。
そしてナナは最後の最後までサトルの猫であり続けます。暖かい部屋や毎回出てくるご飯を諦めても、サトルの猫であることを選びます。北海道の冬は大変だよー。そのまま野良に戻るのかと思ったら「おばさんの側にいてくれ」っていうサトルのお願いにもちゃんと応えます。
こんなにお互いに愛されていたらそれはサトルだってナナだって幸せだよね。サトルとナナの最後の場面は涙必至です。人前では読まないことをお勧めします。
この本はニュージーランドで出会えた貴重な日本の本でした。
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