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ESSAY
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日本人の宗教と信仰

2026.08.25

あなたには宗教がありますか?
信じている神様はいますか?

ほとんどの日本人の答えは「NO」ではないでしょうか。
かくいう私も全く宗教や信仰にこだわりのない、むしろ全く興味のない人間です。

ただ私は『日本人には宗教はないけど信仰はある』という話を聞いてひどく納得しました。

まずあなたにとって日本人らしさとはなんですか?
私にとって日本人らしさとは「物を大切に使う」とか、「ご飯は残さずに食べる」とか、「誰も聞いていなくても『頂きます』と『ご馳走様』は言う」とか、「誰も気づいていなくても正しいことをする」とかです。

じゃあどうして私たちは当たり前のようにそういうことができるのでしょうか。
もちろん親にそう教えられたから、周りの人も当たり前にそうしているからですよね。
みんながそれが良いことだと思っているから教えるし、行動するし、周りにならうんですよね。

ではどうして日本ではそういう考え方が当たり前なんでしょう。
日本には本来「八百万の神様」がいると言われています。
これは今使っている道具にも神様が、お米の一粒一粒にも神様が、トイレにだって神様がいるという、すべてのものには神様が宿っているという考え方です。
だから物は大切に使うし、ご飯は最後のお米の一粒まで食べるし、トイレを汚したら自分で綺麗にするし、目の前の人が財布を落としたら教えてあげるんです。
もちろん一々神様が宿ってるから、お天道様が見ているから、と考えて行動している人はほとんどいません。
だけど無意識に意識しながら行動しているはずです。だって子どもの頃からそういう風に教えられて、そういう風にみんなもやってて、自分もそれが当たり前に正しいことだと思っているはずだからです。
そして無意識のまま、また子どもに教えていく。そうして日本人の無意識の「八百万の神様」への信仰心は代々受け継がれていくはずなんです。

ここで問題が一つ。
みなさんルールを守れない外国人が嫌ですよね?日本に来てほしくないですよね?どうしてそんな当たり前のことができないんだろうと不思議に思いますよね?
どうしてかわかりますか?
「八百万の神様」の考え方は日本人独自のもので、世界共通ではないからです。
彼らは全てのものに神様が宿っていることも、誰も見ていなくてもお天道様が見ていることも知らないんです。
そういう風に教えられてきていない、そういう風に育ってきていないんです。
なので私たちが当たり前にできることが彼らにはできません。
逆に彼らには彼らの宗教があります。でもそれを理解できますか?なんで毎週教会に行くんだろう?とかなんで1日に何回もお祈りしないといけないんだろう?とかって思いませんか?
でもそれは彼らは子どもの頃からそう育ってきて、当たり前のことなんです。
お互いに宗教や信仰が違って、考え方が違って、育ち方が違うので、無意識にできる当たり前がそもそも違う。そしてそれをお互いよくわかっていないから、ぶつかり合って反発しあってしまう。

私はだからといって日本に来る外国人の言動を全て許せと言いたいわけじゃないです。
日本にいたいのなら、日本の文化を大切にするべきだし、日本人に迷惑をかけるべきではない。それが嫌なら自分の国に帰ればいいと思います。
ただ、日本人が「外国人=嫌い」「外国人の宗教=やばい」と思ってしまうのはちょっと悲しいなと思うんです。
相手の宗教が自分と違うものだとしても、それは相手の育ち方、強いて言えばアイデンティティである可能性が高いです。それを理解しようともせず否定するのが正しいやり方だとは私には思えない。
日本人には「自分には宗教も信仰心もない」と思っている人が多いので、「なんでこんなこともできないの?」と漠然としたルールを外国人に押し付けようとするけど、それが「八百万の神様」という信仰心に基づくものだと理解すれば、日本人ももっとちゃんと外国人に対して説明できるかも知れないし、外国人も受け入れやすいのかもしれない。

だって海外にいて、普通に椅子の上に土足で立つ人とか私嫌だけど、注意したりはしない。でも自分が椅子の上に立つ時は靴は脱いで立つ。もしそれで「靴脱がなくていいんだよ。」って言われたら、「日本には全てのものに神様が宿っているっていう考え方があってね、物は大切に使いたいからあんまり靴で上がったりしないんだよね。次に座る人のお尻も汚したくないし。」って答える。そしたらニュージーランドの人たちはきっと「へー!そういう考え方もあるんだね、おもしろいね!」で終わると思う。
でもそこで「なにそれウケるー!変なのー!」って笑われたり、馬鹿にされたりしたらちょっと嫌な気持ちになると思う。それは他の国の考え方やアイデンティティを馬鹿にしていることになるから。
それに私がニュージーランド人に「椅子の上に靴で立つのやめなよ!」って怒ったりしたら、相手がきっと嫌な気持ちになる。それは私の考え方であって、それがどんなに自分の中で正しいことだったとしても、ニュージーランドの人にニュージーランドで日本の文化を押し付けるのは違うと思うから。


ではもし日本で外国人が椅子の上に土足で立っていた場合、あなたならどうしますか?
「日本ではそんなことしないんだ!」って頭ごなしに怒りますか?
それとも「日本ではね〜、」って優しく教えてあげますか?
どっちの方が相手が納得できると思いますか?
海外では靴を脱ぐこと自体恥ずかしいっていう人もいるので、普通に断られちゃう可能性もありますが、それはそれで考え方の違いなのでどっちがいいとかどっちがダメとかじゃなくて、お互いの考えを理解し合えれば、互いに納得できるような妥協案を見つけることも可能なんじゃないかなと思います。

違う文化を持つ人とはお互いに理解し合おうと努力をするところから始めないと、絶対にわかりあえないし、たぶんずっと嫌いです。
でも本当はめっちゃいい人なのかもしれないんですよ。ちょっと日本の常識を理解していないだけで。


日本は今後人口が増えていくことはほぼ不可能だと言われています。
なので労働力にしても、観光客にしても絶対に外国人と接する機会は増えていくはずです。
まず自分自身で日本人としての本質、アイデンティティを考え理解していくことが、外国人を理解することにもつながっていくんじゃないかなと私は思っています。
もし外国人とぶつかってしまった場合ただ無条件に「嫌い!」となるのではなく、どうしてそれをされると嫌なのか、どうしてほしいのか、どうして自分にとってはそれが当たり前なのか、私の思う日本人の信仰心なんかも参考に1度立ち止まって考えてみるのはどうかなと思います。

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